凡庸京大生の自由帳

京大卒ニートの自由帳

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靴を履くのが面倒くさい。コートを着るのも面倒くさい。

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今は春休みですが、その前の1月の終わりまで自分は大学には大抵部屋着のまま、そして靴はサンダルを履いて行っていました。

 

で、人から言われて初めて気づいたのですが、周りを見渡しても真冬にそんな格好をしている人はいません。

 

 

寒くないのかとか言われますが、勿論寒いです。

 

しかし、その寒さよりも靴を履くこととコートを着ること(厳密には着て行くこと)の面倒くささのほうが勝ってしまいます。

 

 

逆に他の人はその面倒くささよりも寒さへの対処を優先しているということですが、ここに自分の面倒くささの度合いの強さが垣間見えました。

 

 

冷静に考えて、ただ外にでるという行為のために靴を履くってかなり面倒です。

 

靴を履くということは靴下を履くということであり、靴下を選び、履く作業があります。

次に靴を履くという行為そのものでは、かかとの部分に指を入れて靴を履きます。これはスムーズではない。

 

 

一方サンダルは足をすっといれて終わりです。素晴らしい。

 

 

次にコートについてですが、外出の直前にコートを着るという行為についてはそこまで面倒くさくないのです。これはサンダルを履くのと同じようなものです。

 

問題は、大学に着いた後。

 

講義室の中は暖房が効いているのでコートを脱ぐ必要があります。

 

この時点で少し面倒ですが、さらにコートの外側にゴミがつかないように、コートの内側を外側にしてくるめて隣の椅子に置くだとか、コートのポケットに入ってるスマホを出すだとか、「あれ?財布ってコートのポケットに入ってたっけ?」と言った具合に脱いだコートの中身をいじるだとか...etc.

 

とにかく考えることがなんか増えます。

 

 

それが嫌というわけなんですが、こう文章に起こすとなんだか面倒くさがりというよりも脳の考えるためのスペースが極端に小さい、といったほうがより本質的な気がしてきました。

 

確かに同時にいろんなことを考えると脳がすぐにパンクしがち。

入学時は書類だとか申し込みだとか履修だとかでほんとに頭おかしくなってました。

 

 

服に関しては同じ服7着くらい持ってるんですが、これも無意識的に脳を考えさせないようにした結果なんでしょうか。

 

 

1日長時間勉強できないこととも関係ありそう。

 

やる気がなくなって勉強できなくなるとかではなく、単純に疲れてもう無理だってなるんですよね。

 

長距離走限界まで走った後に、はいじゃあ次は100m走!とか言われてもいや無理でしょってなりますよね。

 

それと同じです。いや違うか。

 

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