凡庸京大生の自由帳

京大卒ニートの自由帳

サブブログ。こちらでは個人的な事しか書きません。日記・つぶやき。

英語ができないってはっきり言って終わってないか?

自分は英語が苦手です。

特にリスニングがいつまで経っても自分の理想レベルになりません。

 

恐らく語学に関しては本当に才能がなく、人より何倍も努力しないとダメな分野であると認めざるを得ません。

 

大抵のことは少しやれば割りとすぐにそこそこのレベルに行ける自分(自慢のようですが、その一方で頭打ちが来るのも早い)とこれまで生きてきたので、こんなに上達しないことがあるのかと驚いています。

 

過去にTOEICのための勉強をしたときに、リスニング力はたしかに上がりました。

しかし、やはりTOEICなどの教材の中の英語と本物のネイティブの英語は大きな隔たりがあります。

 

自分は自然体のネイティブの英語を聞き取れるようになりたいのです。

でもそれができるようになる未来が見えない......

 

 

たまに、英語の必要性に対する反論として「別に英語ができなくても困ってない!日本人だし!W」というのが見られますが、英語ができる世界を知らないんだから「それはそう」という感じ。

 

スマホがない時代に「スマホがなくても別に困ってない!」とは人間言わないわけです。

勉強してこなかった人間が「勉強なんて何の役にも立たない」というのもそれ。

 

 

言うまでもありませんが、英語ができれば得られる情報量が今よりはるかに多くなります。

 

プログラミングなんて、日本語で検索しても欲しい情報が全くでてこないのに英語で検索したら沢山でてくるなんてことは頻繁にあります。

 

論文もたいてい英語(特に自然科学は)。

 

まぁテキストはDeepLを使えばいいのかもしれません。

しかしリスニングはどうでしょうか。また、ネイティブと直接会話となるとどうでしょうか。

 

 

最近、英語ができないことで自由を束縛されているといった感覚にひどく苛まれます。

特に日本語しかできないと、日本語を喋れる人としか話せない(当たり前)っていうのが悲しすぎる。

 

 

ちなみに自分は海外に行ったことがありません。

お金があってかつ外国語ができたら行ってみたいと思うような国はあります。

 

お金の方はまた別問題ですが、外国語が出来ないことも自分にとってはかなり大きな障壁となってしまっています。

 

 

基本的に多くの国では、あらゆる説明書きに対して現地の公用語プラス英語が書かれているはずです。

すると、ネイティブの英語話者は普通に生きてきただけなのにも関わらず、あらゆる国へ旅行するためのハードルがノンネイティブよりも遥かに低いことが予想されます。

 

普通に生きてきただけというのが羨ましすぎる。

 

普通に生きてきただけで、英語でネット検索ができ、英語の記事をスラスラ読めて、YouTubeなどでネイティブの話す英語を苦なくほぼ100%聞き取れる...

 

一体どんな気持ちなんだろうかというのを結構考えたりします。

 

 

英語は数年前に「うん、英語は無理だ。諦めよう」となったのですが、やっぱり諦めきれない自分がでてきました。

 

とりあえず、TOEIC勉強のときにやっていた、ネイティブの会話をできるだけ忠実にモノマネするという勉強を再開しようと思います。

あれやると英語のリズムにだいぶ慣れる気がする。

 

 

という感じに、最近語学のことを考えていたのでYouTubeの動画もそれに関連したことを話しました。終わり。

 

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